昭和43年8月6日 夜の御理解
今日、少年少女会の方たちが、えー、ご本部で行われた、えー、全教、少年少女大会ですか、初の、おー、参会を致しまして、あー、少年ながらも、子供達ながらも、感激いっぱいで、しかも、元気いっぱいで、えー、帰ってまいりました。バスの停留所から、あー、ここまで、パレードしてまいりましたが、まあ、人数は、三十何名の少人数でございますけれども、何とはなしに、いー、合楽の、おー、今後の、また、その後を担うていく人たちの、おー、姿を見るようで、頼もしい限りでした。みんな、元気で、えー、地震のために、二時間ほど延着しましたけれども、まあ、こちらでは、あー、育成会の方達が、あー、食事でも用意しとこうというので、食事も、おー、準備をして待っておってくださいましたから、食事でも頂いて、まあ、それこそ、意気盛んなところを感じたんですけれども、もうその、子供達が、みんな、こう言うておる事ですね。初めての、おー、参会、あの、少年少女会旗を、今度あの一緒に、先頭に、あちらで今度購入してから、あー、帰ってきておりますが、えー、あれを見ますと、二十一回になるんですね。二十一回、えー、金光教少年少女会大会が開かれました。その、二十一回目から、いわゆる、一回目から、あー、こう参会させて頂いたと、名誉な、そういう意味合いにおいても、なるほど、合楽的だなという事を感じるんですが、もう、異口同音に言ってます事は、どうでも、この少年少女会でも、ブラスバンドを作りたいと。もう、あちらで、えー、永年おかげを頂いておる教会の、その、そういう姿を見てきて、どうでも一つ、おかげ頂きたい。と言うてその、まあ、あー、言うております。えー、今晩は、企画の方達が集まります。ね。企画の方達が、その、月々寄って、何を企画するかと。私は、信心が、合楽とともに、今、どう動いておるか、合楽の信心が、どういう動向にあるかと。それが、つぶさに私は実感としていただけておらなかったらです、ね。何を企画しておるやら分らない。よし、企画したところで、それは企画しただけの事。ね。中身の伴わない、いわば、それが実際の上に、いー、実行できないような事だけが企画されたところで、何にもならない事。ね。企画の人達は、まあ、ここの、おー、合楽の信心の中でも、ま、その中心をなす人達ばっかりの、総代を、おー、総代幹部を除いて、えー、そういう方達だけで、えー、企画を組織しておりますから、ね。ましてその、企画の方達が、それこそ、微妙にまでの合楽の動きというものを、おー、把握しておかないと、例えば、今度の、えー、夏季信行の、おー、あの、例えば、勢いといったようなものが、企画の人達の何人が知っておったか。ね。そして、五十日間のふうに、どういう風に動いて言ったか、ね。そしてその、教えられたものは何だったか。ね。そういうところが、自分の信心で、直に、そこんところをですね、感じ取られて行きよらなかったら、ほんとの企画は出来るはずはないです。そうでしょう。ね。五十日だけの、おー、いわゆる、修行明けの日に、沢山の西瓜を頂きましたから、まあ、西瓜でも切って、えー、西瓜もいとわんと言うような、あー、修行を本気でさせて頂こうじゃないかと言うような、まあ、運びに申しましてから、えー、西瓜でも切って、えー、まあ、散会したんですけれども、ね。そういうような事でもです。もっと、私は、本当にこう、徹底した企画がなされておってから、出けておったらですね、いわば、ほんとにあの、あの、おー、五十日間のあれだけの、まあ、白熱化していった、あー、修行、五十日間の信行期間をです、私は、あのまま、十六日のですね、御大祭に持ち込めたと思うのですよ。いわゆる、夏季修行の生命は、もう祈念力なんですよ。ね。悪疫予防、ね。諸願成就、ね。諸事繁盛の、いわば、あー、その、願う、祈る、祈願のお祭りなんです。丁度その前に、ああした、夏季修行が五十日間、しかも、日を追うて盛んになって言った、あの盛り上がりをです、あそこでキャッチしたかったです。ね。企画の人達が不信心でしたから、出来なかったでしょうが、ね。これから企画したところで同じ事。ただ、企画と名を連ねただけじゃつまらん。それが、本当に、企画の御用をさせていただいて、その御用が、銘々のおかげに繋がっていかなければいけない。しょう事無しの集まりであったり、企画であったら、何にもならん。まして、合楽の中心なんです。ね。大祭の事とか、そして、例えば今日の、えー、少年少女会の願いであるところの、例えば、ブラスバンドの編成といったような事でも、まあ、ちょっとやそっとの事では、出来る事ではなかろうけれども、やはり、それが企画され、ね。そこに、お取次ぎが頂かれる。できない事が、お取次ぎの働きによって出来て行くようなおかげになって行かなければならん。そら、楽器を購入するくらいの事なら分けないかもしれない、現在の合楽では。けれども、それが本当に、行じられるというか、それが、合楽のものになって行くためには、なにかにの上に、お繰り合わせを頂かねばできぬ事である。ね。例えば、少年少女会の方達の、一つの盛り上がりというものがです、ね。ここんところをキャッチしなかったら、キャッチする時はないと。ね。どうでもこうでもと、みんなが言っておる時に、一つ、僕も私もと言うて、その事にも参加するだろう。ね。そういう例えば、一つの機微といったようなものを掴んでいかなければ、本当の企画は出来ないと私は思うんですよ。ね。これは、お商売をさせて貰うでも、事業をさせて頂くでも、やはり企画が大事。けども、とってもない企画をしたところで駄目なんです。どんなに素晴らしい、良いアイデアであっても駄目なんです。ね。その実力に伴うたもの、ね。現在の動きというものを、ようく知って、そこを踏んまえてからの企画。ね。しかもです、信心は、ね。そういう例えば、御用の任に当たらせて頂く事によって、その事に打ち込む事によって、信心が、自分達の信心も育てられる。ね。自分達の願いも、それによって成就して行くといったような、私はおかげを頂かなければ、金光教的な企画といえないと思う。今晩、どういう企画が計画されておるか分りませんけれども、ね。そういうところを一つ、反省して、そして、企画をして頂きたいと思うのでございます。どうぞ。
中村良一
2005年4月24日